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「大変」だけど「かわいい」という気持ち☆入院中の散歩でのこと(第一第二鰓弓症候群)

対象者

性別
年齢 3歳
診断・症状 第一第二鰓弓症候群
気管切開 胃瘻

実践者

保護者(母) 現在、かーの手術&治療入院に伴い、私も付添い入院中。今日で3週間。年越しは病院になるかな。
ずっと病室で過ごすことは難しいので、あちらこちら散歩をしています。
いつものように、病院の外(敷地内)で遊ばせていたら、遊んでいるかーを見た後、おじいさんが寄ってきて、「何の病気なの?」と尋ねてきました。
そして、いろいろお話しました。

ハウツー

かーは、先天的に下顎が小さく、呼吸と口から食べることが難しいこと。
そのため、気管切開と胃ろうをしていること。
しゃべれず、難聴もあり、コミュニケーションは手話であること。
一方、おじいさんには、かーと同じ3歳のひ孫がいること。
おじいさんの娘さん(60代)は、癌で入院中で、随分前から胃ろうをしているけど、みるみる痩せ細ってしまうこと。
気管切開についてもいくつか質問されたので、娘さん、気管切開の話もでているのかな…と思いながらうかがっていました。

かーについては、何度も何度も「かわいそうに」と口にしました。
そこまでは、よくあること。
でも、そのうち、「失礼なことを聞くようだけど」と聞き辛そうに、(ちょっと驚いたので正しい言葉は覚えていないけど)(そんな状態の娘でも)かわいいと思えるのか?、産んでよかったのと思えるのか?といった内容を問われました。
私は、生まれたばかりの時は、かわいいと思えず、助かったことがよかったのかも分からなかったけど、こうやって一緒に時間を過ごしきた今は、すごくかわいいし、大切な娘です、といった内容を答えました。

おじいさんは、そっか、と頷き、そのまま何となく別れました。

胸の奥がザワザワしました。
相模原の事件の「障害者なんていなくなればいい」「不幸しかつくらない」という言葉が浮かんでしまいました。
普通とは違う障害者はかわいそうで、その家族は不幸…
私もかーを産む前はそう考えていました。
実際、かーを出産して、かーを見た時、“私の人生終わった”と思ったし、かーのことをかわいいとは思えませんでした。
だから、そんな親らしくない自分を戒めるためにも、私は「障害児」の母親としてしっかりと生きていこう、世の中を変えてやる、私が守っていくんだ、と力みました。
でも、かーと時間を過ごしてゆくと、かーは障害児ではなく、かーになっていきました。
「障害児」という枠組みの中にかーがいた感じから、「かー」という枠組みの中の一部に障害がある感じになりました。
障害はかーの一部でしかありません。

最近、医療的ケア児について、マスコミでたくさん取り上げられるようになりました。
取り上げられる時は、支援を求める声の場合が多く、そうなると、医療的ケア児を抱えた家族は、いかに大変かというアピールになります。

いかに支援がなく家族の負担が大きいか。
預け先がなく、学校へも付き添わなければならず、家族(主に母親)が、夜も眠れず、片時も休めず、働けず、経済的にも困窮し…

これは事実ではあるけど、これだけが事実ではないです。

さらに「医療的ケア」と言うと、緩和ケアとか終末期医療のイメージと結びつきやすいのかもしれないなと思いました。
一言で医療的ケアと言ってもいろいろあって、医療的ケアがあることでぐっと活動範囲や可能性が広がり、生き生きと生きることができる場合もあるのだけど、大多数の人は、そうした明るいイメージを抱いてはいないような気がします。

かーとの生活は、大変だけど、かーは、かわいいです。
かーはかわいいけど、私は、いっぱいいっぱいになって、苛々しすぎて、全てを投げ出したくなることがあります。
“どうして私だけが”と思い、母親を辞めたくなることがあります。
食べたり、呼吸したり、しゃべったりしている子を見て羨ましく思うことがあります。
でも、たくさんの困難を乗り越えている我が子はとても誇らしいです。尊敬しています。
大好きで、愛おしくって、大事な大事な娘です。

マイノリティーが自分達の困り感を伝え、支援を求めるためには、声高にアピールしなくては、声は届きません。
だけど、大変さのアピールの声が大きすぎると、障害者なんていなくなればいい、とか、家族を不幸にする、と考える人を増やしてしまう気もします。
たとえ障害があっても、親にとっては、かわいくって、大事な子どもであるということを、しっかり言葉にして伝えていかなきゃ親の願いが間違って伝わってしまう可能性があるなと思いました。

ケアチャネルより一言

すべての人が共感するわけじゃないかもしれないけれど、大切な想いです。
「かわいそう」という言葉には「〜と比べて」という修飾語が隠れていますが、「かわいい」という言葉は「その子自身が」なのだと思います(^^)
もちろん大変さを知ってもらうことも必要なのですが、かわいくて愛しく思う気持ちも一緒に知ってもらわなければいけませんね☆

障害児のママになって☆

※記事内で紹介している方法等は、あくまで体験者の実践している方法であり、当社において安全性や症状の改善・効果等を何ら保証するものではありません。お客様ご自身においてご確認の上、対象者の症状、性質、身体状況などを踏まえ、お客様の自己判断で実践してください。

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