幼稚園に入園☆今までを振り返り(第一第二鰓弓症候群)

対象者

性別
年齢 3歳
診断・症状 第一第二鰓弓症候群
気管切開 胃瘻

実践者

保護者(母) 4月から幼稚園(3年保育)に入園しました。
基本的に週5で通っているけど、5月はGW、入院・手術のため、通園できるのは1週間のみになりそうです。
手術も9回目とあって、もう慣れたもんです。
せっかく「所属」ができて、始まったばかりだから、しっかり通いたいという思いがあったけど、仕方ない。
一旦休憩。
気持ちと頭を整理しています。
かーは、夏で4歳になります。
これまで、いろいろ、頭がよじれるぐらい考え、煮詰まり、腹が立ち、泣けてきて、不安で、思いつく限りの情報網を張り、協力を仰ぎ、作戦を立て、気分の悪い交渉を続け、落ち込み、苛立ち、面倒臭い親と思われないよう、モンスターペアレンツというレッテルを貼られないよう最大限の努力をし、今に至ります。

ハウツー

先の見通しが立たず、八方塞がりになったところで、今の幼稚園にご縁をいただきました。
今の幼稚園を思い立ってから決定まで2週間。なんともスムーズに、なんの滞りもなく、幼稚園が決まりました。(その数日後から年明けまで2ヶ月弱、手術入院でした)
そして、初日から私とすんなり別れ、平和に通い、拍子抜け。こんな日がくるなんて全く予想してなかったです。

私はかーが生まれてから、いろんなものと闘ってきた感じです。
医療的ケアを理由に、普通の子どもが使うサービスは使えず、なんやかんや障害福祉サービスも使えず、不平を口にすると「みなさん、そうしてます」と言われ閉口。
たった今の辛さを口にしても「あっという間に大きくなるから」、「みんな、お母さんが(子どもを)みてる」など、今だけだ、とか、もっと大変な人がいると言われ、また閉口。
かーにできる限りの事をしたいと願って、リハスタッフにいろいろ質問しても「お母さん、焦りすぎ」と一蹴。それ以上聞いちゃいけない気になり。
これまで診てもらった医師の中には、「ちゃんと管理できてない」と叱ってきたり、頓珍漢な診断、提案をしてくる医師もいて。
手帳を申請するにも大もめ。
余裕がない生活なのに、申請しなきゃいけない書類の山で、頭は混乱。やっと書類を提出したら、またすぐに再申請の時期だの、他の書類も必要だの。
成長に伴い、受診先の医療機関は増える一方。そのほとんどが片道1時間以上かかり。
保育や教育先を探すも「安全が保障できないから」「お嬢さんは大丈夫でも、他児がぶつかってきて何かあったらどうするのか」と言われ。歓迎されない。嫌がられてるな、と感じ。
ことごとくうまくいかない。
お姉ちゃんのわーの時は、当然だったことにいちいち壁が立ちはだかる。

社会の輪に入れてもらえず、村八分にされてる感じ。一人で右往左往しながら絶望感と孤立感ばかりが募りました。
医療的ケアが必要な子、障害を抱えた子、普通とは異なる子は、そしてその親は、家の中でじっと黙って耐え、限界まで頑張り続けなきゃいけないのか。
悲しさを通り越えて、苛立つことが多かったです。

そんな中、障害を抱えた子のママや、医療的ケアが必要な子のママと出会うことで、自分の感覚は、決して、私のワガママだとか、私が未熟だからじゃない、と思え、孤立感は消えていきました。
そして、快く迎えてくれる幼稚園に通う今、この上なくありがたい気持ちでいっぱいです。
だけど反面、先生にも、園にも、かーは、普通の子以上に、ご負担も気持ちもかけてもらっていると感じています。
何か迷惑をかけるのでは、と気になります。申し訳ない気持ちがわき出て、居心地の悪ささえ感じることもあり。
4月には親子遠足がありました。
私は、とにかく緊張し、当日朝は、怖くて、行きたくない気持ちでいっぱいになり、やっぱり行くのをやめると泣けてきて…でも、嫌になったらすぐに帰ろうと、決め、なんとか行きました。
かーは仲良しのお友達ができていたらしく、遠足では、ずっとその母子と行動を共にしました。その母子を入り口に、他の母子とも自然に接点がもて。心強い。
でも、終日行動を共にした、その子とそのママに対して、他の子のところにいかなくてもいいのかな?って気になり、また申し訳ない気持ちになり。

私は、これまで社会から疎外されていると感じ、孤立感を抱いてきました。
孤立感や疎外感は、排他的な外の世界によって引き起こされたものだと思ってきました。

だけど、快く迎えてくれる世界に身を置いても、他の子に比べて手がかかるよな、なんなら迷惑もかけるかもと思います。申し訳なさと、かーと私は他の母子とは違うという疎外感がつきまといます。
輪に入れてもらえないのではなく、私自身が、“うちは違うから”と、輪の中に入ることに躊躇したり、輪の中に入ろうとしなかったりするのかも。
社会ではなく、私の中の問題なのだろう。

でも、また一方で、そもそも、障害がある子とその親は、普通の母子とは違うから同じ土俵に立ってはいけない、という考えこそ、社会によって刷り込まれたものなのでは、とも思います。

普通とは違うからと引け目を感じるのはおかしいし、かーに対して失礼だ。

かーは普通と違うし、普通になんてなれない。そして私はかーを普通にすることを目指してはいないし、普通にしたいとは思ってない。かーには、人と違っても自分は自分でいいって、自信をもって生きていってほしい。そのためにどうしたらいいかを考えなきゃいけない。
人と違ってもいいって、言いながら、人と違うこと、みんなはできるのにかーにはできないことがたくさんあることを気にしている自分が嫌なほど見えてくる。

今まで医療的ケアの問題を前面にし、医療的ケアに対する壁に吠えてきたことで、見ないで済んだのかも。
外の社会と闘ってきたけど、まず、私が対峙すべきは自分自身であるように思えてきました。
受け入れてくれる世界ができた今だからこそ、見えてきたのかも。

ケアチャネルより一言

少しずつ社会も変わってきていると言っても、実際に就学や就園活動をされていると壁を感じることもあると思います。その壁を乗り越えて見えてくることもあるでしょう。
本人も家族も周りの方々も、本当の意味で暮らしやすい社会にはまだ遠いのかと思いつつも、諦めるわけにはいきませんね☆

障害児のママになって☆

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