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これまでの振り返り(2)☆ろう学校と幼稚園に通っていた時のこと(第一第二鰓弓症候群)

対象者

性別
年齢 4歳
診断・症状 第一第二鰓弓症候群
気管切開 胃瘻

実践者

保護者(母) 3歳児(2017年度、3歳後半〜)は、医療的ケアがある子どもも受け入れている別の私立幼稚園(3年保育、年少)に入園した。
6月〜は、通っていた私立ろう学校が児童発達支援事業所を始めたので、幼稚園と併用した。
ろう学校は週1程度。あとは毎日幼稚園に通った。
幼稚園には看護師さんがいて、初日の入園式から普通に分離だった。
1クラス25人の子ども集団の一員になり、プールも、遠足も、食事も何もかもみんなと一緒。
幼稚園では、医療的ケアを理由にできないことは何もなかった。

ハウツー

幼稚園に通うようになり、医療的ケアは問題ではなくなってきた。
医療的ケアそのものが障害となるのは、環境によるところが大きいと感じる。

園には本当に様々な子どもが通っていた(障害や医療的ケアがある子は全体の2割)。
園で活動している障害児の親のサークルに入ったところ、いろんな子どもが、あらゆる保育所や幼稚園に断られて、この幼稚園にたどり着いたことを知った。
幼稚園に通うために引越しをした人もちらほらいたし、私のように遠方から(私は片道車で1時間だけど、もっと遠くから)通う人もいた。
就学前の子どもは、医療的ケアの有無に限らず、少しでも普通の帯から外れると、これほどまでに普通の世界から分離させられるんだ、と衝撃。
クラスのママ達はいろんな子に慣れているのか、我が家に対して特別感は抱いていないみたいだった。かーの医療的ケアについても、普通に質問してきて、
「へー」って言っていた。
入園して間もない4月の親子遠足にて、食べられないかーに対して、「じゃー気持ちだけー♡」とみんなが次々とおやつをくれるのには心底驚いた(おやつ交換の文化を知らず、かーはおやつを食べないので持参しなかった)。
と、いうのも、2歳児で通った幼稚園では、かーを指差す子どもに対して、小声で「見ないの!」と言い、そそくさとその場を立ち去る親子がいたり、ママ達は、我が家に対して、あたらずさわらず気を遣う雰囲気だったから。普通と、普通じゃないの境界線があり、ぽつりと取り残されれる感覚があった。
恐らく同じ遠足の場面になっても、ママ達に申し訳なさそうに謝られるか、かーに配慮しておやつは持参しない、もしくは、おやつ交換禁止、という対応がなされると思う。
地域や幼稚園によってこうも雰囲気、文化が違うんだ、と驚いた。

かーは、降園後もなかなか帰りたがらず、雨の日と通院など予定がある日以外は毎日30分〜1時間、園庭でめいっぱい遊んだ。
園庭で遊ぶ我が子を眺めながら、ママ達とただ空間を共にすることで、私自身も徐々に幼稚園に馴染んでゆけた。
とは言え、私はかーがみんなから浮いてないか、お友達の中に入れているかばかりが気になった。
特に、最初の数ヶ月は園に対しても、迷惑をかけるのでは、とか、申し訳なさとかとかでいっぱいだった。
「うちは普通じゃない」
「うちは異質」
普通の子の中に入りたいなんておごりじゃないのか、
「うちはみんなとは違う」
という思いがべったり付きまとい、ママ達の輪からも一歩引いてしまう自分がいた。
頻繁にママ達と顔を合わせ、時間を過ごしたけど、本音を話せて、気軽に連絡を取れる関係になったのは、年が明けてからのつい最近。

一方、かー。
年少さんの始めの頃、子ども達は、滑り台に群がり、同じところをぐるぐる走り回るなど、やりとりというより、場を共有し、同じ行動をすることを楽しんでいる様子だった。
でも徐々に一ヶ所に留まり、話しながら遊ぶようになった。
同じ場にはいるものの、かーの発信が通じない、スルーされる場面を目にする機会が増えていった。
音声言語のやりとりでは、相手がどこに注意を向けていても声で相手の注意を喚起できるけど、手話の場合、目が合い、相手が注目してくれて初めて会話がスタートする。手話(ろう学校)と音声(幼稚園)の両方の環境に身を置くことで、コミニュケーションの取り方の違いもはっきり見えてきた。
9月、2学期が始まると突然、かーは、幼稚園でも家でも頻繁におもらしするようになった。
その頃、降園後の遊びでは、大人が見ていないところで、蹴飛ばされたり、押し倒されたり、あっち行けとか臭いとか言われているのを見た。きっと、私の知らないところでもいろいろあるのだろう。
そんな場面を目撃し、かーにとって幼稚園はハードルが高すぎたのではないか、と悩むようになった。
だけど、かーは、やられても何度も負けじと「んー(ありったけの音量で喉から音を出す)」と向かっていき、私に助けを求めにくることはなかった。
何かあったか尋ねても絶対に言わないし、幼稚園に行きたくない、と言うこともなかった。
幼稚園で揉まれながら、私から心理的に自立しつつある感じがした。これは成長のプロセスだし、こうした事態は今後もあるだろうから、介入はせず、もう少し様子を見ようと決めた。

そんな9月頃より、大好きなお友達が1人でき、幼稚園ではその子にべったり。
家でもその子の話ばかり。
お手紙交換もやるようになった。
毎日会うのが楽しみで仕方がない様子だった。
その子をきっかけに、その子が心の支えになり、気持ちを立て直していったようだった。
10月の運動会、11月のお遊戯会を経て、一皮向けた感じがした。

降園後、1学期の間は、子ども達は親のそばで遊んでいたのに、徐々に空間的に離れ、2学期後半からは、完全に親の目の届かない場所を好んで遊ぶようになった。
大人がいない、子どもだけの世界が大事になってきている感じがした。
11月、かーの発信をどうやら読み取っているらしいお友達が増えてきた。
かーは、先生やお友達の名前をサインネーム(手話であらわすニックネーム)で呼んでいたが、それを理解できる子が増えた。
あるママが、なんでわかるのか子どもに尋ねたら、「だって、○ちゃんのことを呼ぶ時、いつもこうするから(サインネーム)」と言ってたらしい。
なるほどー。
他にも、かーがしゃべれないとの話題の際に「ぼくは、かーの声が聞こえるよ」と言っていた子もいたらしい。
どの位通じ合ってるのかは疑問だけど、子ども同士のやりとりの場にかーも加わっている場面を見るようになり、何かやりとりをしているようだった。
簡単な手話単語を使って話しかけてくる子も出てきた。
かーは「しゃべれない子」ではなく、「手でしゃべる子」になりつつあった。
ただ、通じると言っても、あくまでニュアンス。言葉としてやりとりできる訳じゃない。

ケアチャネルより一言

大人ができることって環境を用意してあげること、、くらいなのかもしれません。
誰もがかーちゃんのようにたくましく乗り切れるわけではないと思いますが、見守るママさんの強さのようなものも感じます(^^)
ただ、用意してあげるだけの環境、選択肢が圧倒的に足りないのが一番の問題ですね(^^;)

障害児のママになって☆

※記事内で紹介している対応・サービスは、あくまで体験者の対象者に合わせた実践例であり、全ての対象者の症状・状況に適しているものではなく、当社において情報等の正確性、完全性、確実性、有用性を有すること等について、何ら保証するものではありません。記事内で紹介している対応・サービス等は、お客様ご自身においてご確認の上、対象者の症状、性質、身体状況等を踏まえた上で、お客様ご自身の責任においてご利用ください。

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