これまでの振り返り(3)☆4歳児これからの方向性(第一第二鰓弓症候群)

対象者

性別
年齢 4歳
診断・症状 第一第二鰓弓症候群
気管切開 胃瘻

実践者

保護者(母) これから年中さん。
設定やルール決めなどおしゃべりを通して遊びを展開させ、ますます言葉でのやりとりに重きが置かれるだろう、と想像できた。
難しさが露呈して、限界だと思うまで幼稚園を続けるか、キリのいい4月からろう学校にするか、揺れ動き続けた。
だけど、音声言語の世界では、今後もニュアンス以上のやりとりは無理だろう、と思うようになった。
おしゃべりを楽しむ子ども達の輪の中に、ただいることはできても、きっと、かーは楽しさを共有し、おしゃべりに参加することはできない。
お友達とも先生とも受け身的な関わりしかできないだろう。

潮時かな、と思った。

ハウツー

コミュニケーションについては、家族間ではさほど困らなかった。だけど、幼稚園で過ごすうちに、悩みは、言葉についてになった。
私は、かーが2歳の時、同年齢のお友達との接点を求めたけど、4歳になって、話し合ったり、交渉したり、言い合いの喧嘩をできる、より対等なお友達関係の場を求めるようになった。

11月に新たな公立ろう学校に見学に行った。
今までのいくつかの公立ろう学校とは違い、最初に「医療的ケアを理由に断ることはありません」、迷っているなら、来年度の途中からでもいいとまで言ってくれて、とてもウエルカムな雰囲気だった。
公立でも、学校によって雰囲気が全然違う。
土地柄なのか、長く受け継がれてきた校風なのか。
悩んだ挙句、1月中旬にやっと心が決まった。
今年度(2018年度、4歳児)は、公立ろう学校幼稚部に編入することにした。
3月中旬に入学面談をし、3月の最後の週に、ようやく入学通知を受け取った。
ぎりぎり。

1歳児(2015年度)通院三昧と児童発達支援事業所。
2歳児(2016年度)幼稚園2歳児クラスとろう学校。
3歳児(2017年度)幼稚園年少とろう学校。
あっち行ったりこっち行ったりの生活。
4歳児(2018年度)ろう学校幼稚部2年(編入)、ようやく1ヶ所に定まった。
かーが生まれてからの4年間。
目の前のことに精一杯で、先のことなんて考えられなかった。
この4年間、いつも迷いがあり、1年後の姿を想像できたことはなかった。
初めは、想像できない、見通しの立たない未来を必死に考えたけど、不安が増すだけだから、先のことを考えないようにした。
今を大切に、今を楽しむことを大切にしようと思った。
だけど、年齢や発達段階ごとに経験しなきゃいけないこと、学ばなきゃいけないことがあるはずなのにそれをさせてあげたくてもできないという焦りがあった。

この1年は、山丸々一つという広大な敷地の幼稚園で、自由に泥だらけになって遊びまくる日々だった。
少し歩くと「疲れたー抱っこー」と訴え、なかなか歩かなかったかーがお友達を追って、山を駆け上がるようになった。運動能力が目を見張る勢いで伸びた。
雑菌まみれで過ごし(初めの半年は発熱ばかりを繰り返し)、体ができていくのを感じた。
おもらしが増え、お友達にやられる姿を目撃してしまった時は、かなり落ち込み、迷ったけど、それでも、自分で立ち向かう姿を見ることができた。大人に守られて傷つかないようにすることよりも、一時的に傷つきながらも、回復できる力は、これから生きていく上でとても大切な力だと思う。べったり付き添いだったら、我慢できずにるに介入してしまったと思う。

大人の目が行き届いている手厚い環境、私が常にそばにいる環境では得られない経験ができた。

かーが私から空間的(私なしで幼稚園生活を送ったり、親から離れた場所でお友達と遊んだり)にも心理的にも離れ、自立していく感じがした。
この1年で、心身ともに本当にたくましくなった。
「私がいなくては」「私が守らなきゃ」とずっと思ってきて、私とかーは一心同体だった。だけど、ようやく別々の人間になれた気がする。
幼稚園を経験することで、次に向かう道も見えてきた。

幼稚園入園前に2歳児クラスを経験できたのもよかった。
小集団に入り、全部自分の思い通りではなく、自分で靴を脱いで下駄箱に入れて、上履きに履き替え、カバンの中の物を所定の流れで所定の場所に起き、シール帳を出し、着席して順番を待ち、シールを貼り、、、などといった1日の決まった流れを丁寧に繰り返してきたことで、幼稚園(より大きな集団)生活への適応もスムーズだった。
その前に、手厚い児童発達支援事業所で、親と離れても安心して過ごせる経験をしていたのもよかった。
これらの段階があってこその今だと思う。

これからは、手話で会話をするろう者のコミュニティーに混ぜてもらい、教えてもらいながら生活していきたいな、と思っている。
しゃべれないかーが、社会の中でどうやって生きていくか、
例えば、《迷子になった時、どうやって周りの人に助けを求めるか》とか、
《外食の時やスターバックスで、どうやって注文するか》は、
しゃべれる私では教えられないな、と思う。
かーの生き方のロールモデルになるのは、音声ではなく手話で話すろう者だな、と考えるようになった。

公立ろう学校まで、車で片道1時間半。
医療的ケア故に終日付き添いが必要。
肉体的には大変になるけど、ようやく方向性が決まり、わくわく楽しみ。
明日から新学期。
新生活を期待して待てるのは初めて。

春休み、クラスのお友達と遊びにも行けた。
我が家だけ別の道。
かーは別れ際、泣き崩れていた。
こんな好きなお友達ができ、楽しい時間をすごせるようになれるなんて本当に夢のよう。
また遊ぼうねー
切望していた子どもらしい時間を過ごせた。

ケアチャネルより一言

段階を踏んでいるときはどういった環境に身を置くか?
答えはなかなか出ませんが、進むことで見えてくる景色もありますよね☆
これからもきっと楽しい日が待ってるはずです(^^)

障害児のママになって☆

※記事内で紹介している対応・サービスは、あくまで体験者の対象者に合わせた実践例であり、全ての対象者の症状・状況に適しているものではなく、当社において情報等の正確性、完全性、確実性、有用性を有すること等について、何ら保証するものではありません。記事内で紹介している対応・サービス等は、お客様ご自身においてご確認の上、対象者の症状、性質、身体状況等を踏まえた上で、お客様ご自身の責任においてご利用ください。

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