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重症児の心に迫る授業づくり☆重症児の教育についての考え方(気管切開)

対象者

性別
年齢 7歳
診断・症状 気管切開 経鼻経管栄養

実践者

保護者(母) この本は、障害児教育を実践してこられた4人の先生方によって書かれたものです。
そのうち、重症心身障害児施設訪問学級や養護学校での勤務を経験してこられた三木裕和先生が
「重症心身障害児の心を理解する」と題し書かれた章を紹介したいと思います。

ハウツー

『重症児の心に迫る授業づくり』
三木裕和・原田文孝・河南勝・白石正久 著
かもがわ出版

三木先生は、重症心身障害児施設訪問学級を十二年間担任された中で、
多くの子どもの死を目の前にしてこられました。
そのたびに
「この子の人生は幸せだったのだろうか。この子にとって教育とはなんだったのだろうか」
自分にそう問いかけていたそうです。
三木先生は『人間性の起源と進化』(江原昭善 著 NHKブックス)という本の中で
このような言葉に出会います。
人間とほかの動物たちを隔てるものは何かと問い、それは「死」の取り扱い方に表れる。
人の場合、その人が生きてきた意味は、その人自身に求めるのではなく
、まわりの人に残したもののなかに見つけることができる、と。
「あたかもボール紙に人間の形の穴をくり抜いて、
その形や大きさや特徴を、穴そのものではなくて、
周囲のボール紙から説明していくようなものだ」というのです。
ある重症心身障害児が亡くなったとき、
その子の生きる意味は、その子自身に対して問われるのではなく、
その子から私たちが何を受け継ごうとしているのか、
その子とどういう関係を築いてきたのかを問われているのだ、と
三木先生は受け取ったのだそうです。

そして、重症心身障害児にとっての教育の目的は
「自分が愛されていると分かること」
にあるのではないか、と述べておられます。

重症心身障害児の親である私には、とても心に響くものがありました。
また、言葉でのコミュニケーションが難しいふたばの親である私が見逃せなかったのは、
次のようなエピソードでした。

三木先生が重症心身障害児施設訪問学級の担任になって二年ほどたった頃、
訪問学級の紹介に使うために、
普段の授業の様子をビデオに撮ることがあったそうです。
なるべく自然な姿を収めるため、隠し撮りも行われたそうです。
そこで三木先生は予想していなかった出来事に突き当たります。
それは、授業以外の移動の時間。
「認識の力の高い子ども
(相手の言葉を理解して、笑ったり声を出したりして意思を伝え返すことのできる子ども)の場合、
先生に言葉をかけてもらい、楽しいやりとりが生まれているのに対し
、 「最重度」と呼ばれる、身体的な重い障害以外にも認識の力の面で重い障害をもっている子どもの場合には、
コミュニケーションをとらないままになっていることが多いという事実でした。
三木先生はこの情景を「子どもの発達力量が違うと、教師のかかわり方が変わる」ことを知り驚きます。
これは教師が怠けているから起きる問題というわけではなく
、「障害が重ければ重いほど、子どもの気持ちが理解できない」
「子どもとのやりとりの中でも、気持ちが通じ合えたという実感がもてない」 と感じていた自分自身の問題でもあった、と気づくのです。

赤ちゃんの生後4か月頃に現れる「微笑み」は、
それまでのあやされて笑うという受け身的なものから、
自分から人の存在を見つけ、気持ちを寄せて微笑むという能動的なものに変わっていく重要な発達ですが、
重症心身障害児の中には、この力を獲得していない子が多くいるようです。
そういう子たちにとっては、自分から人を求めて笑顔や目線を向ける能動性を目指されなければいけない。
そのためには、子どもにとって楽しい、おもしろいことと
大人の存在が結びつく経験をたくさん積む必要があると三木先生は述べます。
具体的には着替えなど、子どもの身のまわりの世話にかかわる場面や、
訓練(リハビリ)、個別学習などの場面において、
快さと、大人の存在をむすびつけることができるチャンスなのだそうです。
例えば訓練(リハビリ)の場面で、子どもの変形や拘縮に目を向け、
その苦しそうな状態を改善したいと思うとき、
身体だけを見て心を見ない、という状況になってしまいがちだけれど、
「その子の気持ちになる」姿勢で子どもとかかわってはどうか、三木先生は考えます。
不快感を共有したり、その子がその姿勢でどんなふうに見えどんなふうに聞こえているのかなど、
子どもの感じているように自分も感じてみたり、
子どもたちの気持ちを想像しながら言葉をかけたり…様々なコツがあるようです。 授業づくりの方法として、「ハンモック遊び」が例に挙がっているのですが、 ハンモック遊びのねらいとしては、「自分の身体を認識すること」「まわりの世界、外界を認識すること」
などがあるそうなのですが、三木先生が最も大切にしている課題は「人の存在を知る」こと。
人の存在を知ることは、障害の重い子どもたちの発達の原動力を育てることだという言葉が印象的でした。

ふたばと一緒に母子通園していた頃、よく「シーツブランコ」の遊びをしていましたが、
実はこういうねらいがあったんだな~、と思い振り返りました。
感覚刺激を入れる、というだけでなく、
心地いい感覚を周りの人たち(先生たち)が作り出してくれていること。
じっと見たりシーツに近づいていったりとサインを送ることで、先生たちが受け止めてくれて
「もう1回やろうね」と要求に応えてくれること。
そういう学びをきっと繰り返し経験してきたのだなあと感じました。

重症心身障害児の教育についてこれほどまでに熱心に
真っすぐに向き合っている先生がおられるのだと思うと救われる気持ちになれます。
そんなことを感じた1冊でした。

ケアチャネルより一言

人って誰しも身勝手なもので、求めている反応、想定している反応が返ってこないと、無意識に拒絶してしまいます。
コミュニケーションをとるのが苦手なだけで、子どもたちはサインをたくさん出してくれています。
少しでもそのサインを見逃さず、次のコミュニケーションへ繋げ、広げていってもらえる環境が増えてほしいですね(^^)

ちいさなふたば

※記事内で紹介している器具・製品等は、当該器具・製品等の取扱説明書等をご覧の上、正しくお使いください。記事内で紹介している器具・製品等の使用方法を含め、記事内の方法は、あくまで体験者の実践している方法であり、当社において安全性等を何ら保証するものではありません。

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